前橋市の人口のピークはいつか。公表されている国勢調査の値で見ると、2010年の340,291人である。
ところが市域の取り方を変えると、答えが変わる。
いまの市域で数え直すと、前橋の人口のピークは2000年の341,738人だった。
2004年と2009年に町村と合併したことで、減り始めたのが10年遅く見えていた。
1920年から100年で、人口は5.33倍、市域は26.23倍になっている。
対象範囲
総務省「国勢調査」と前橋市「前橋市統計書」(令和6年度作成版)による。統計書には1920年(大正9年)以降の国勢調査の人口・世帯・面積が載っている。
統計書の値はその年の市域の人口である。前橋は合併と編入を重ねてきたので、年によって市域が違う。
いまの市域の値は組み立てた
いまの市域で1920年まで遡る公表値は見つからなかった。
1980年以降は、合併前の大胡町・粕川村・宮城村・富士見村の人口が国勢調査で別に公表されている。当時の前橋市にこの4町村を足して、いまの市域の人口を組み立てた。
組み立てた値は、2015年と2020年の公表値と一致した。ただし小さな境界変更は反映していない。
ピークは市域の取り方で3つに分かれる

公表値(当時の市域)で見ると、ピークは2010年の340,291人である。2005年と2010年に大きく増えている。
この2回の増加は、2004年の大胡町・粕川村・宮城村との合併と、2009年の富士見村との合併による。
いまの市域で数え直すと、ピークは2000年の341,738人。1980年の311,121人から9.84%増えたあと、2020年までに2.81%減った。
合併前の市域(約147km²)のままだった1990〜2000年を見ると、1990年の286,261人が最も多い。1995年と2000年は減っている。
合併が、人口の減少を10年隠していたことになる。
群馬県と同じ年にピークを迎えた
群馬県の人口のピークも2000年の2,024,852人である。全国のピークは2010年の128,057,352人だった。
いまの市域の前橋は、群馬県と同じ2000年にピークを迎え、全国より10年早く減り始めていた。
人口は5.33倍、市域は26.23倍

1920年の前橋市は人口62,325人、面積11.88km²だった。
2020年は人口332,149人、面積311.59km²。人口は5.33倍、面積は26.23倍になった。
人口密度は1km²あたり5,246.2人から1,066.0人へ。広がった市域の多くが農村部だったためである。
増加の65.1%は市域が広がった期間

1920年から2020年までの増加は269,824人である。
市域が1km²以上広がった5つの期間(1950→55年、55→60年、65→70年、2000→05年、05→10年)の増加を足すと175,566人。100年の増加の65.1%にあたる。
この中には、元の市域で増えた分も含まれる。合併した町村の人口だけを取り出すことは、この統計ではできない。
100年分の人口・世帯・面積
国勢調査の21時点をすべて並べる。太字はピークの年(1990年・2000年・2010年)である。いまの市域の人口は、組み立てられる1980年以降だけを載せた。
| 年 | 人口(当時の市域) | 世帯 | 面積(km²) | 人口(いまの市域) |
|---|---|---|---|---|
| 1920年 | 62,325 | 11,703 | 11.88 | — |
| 1925年 | 73,688 | 14,152 | 11.88 | — |
| 1930年 | 84,925 | 16,355 | 11.88 | — |
| 1935年 | 87,181 | 16,953 | 11.88 | — |
| 1940年 | 86,997 | 17,521 | 11.88 | — |
| 1947年(臨時) | 90,432 | 19,654 | 11.88 | — |
| 1950年 | 97,394 | 20,656 | 11.88 | — |
| 1955年 | 171,265 | 33,869 | 106.26 | — |
| 1960年 | 181,937 | 39,695 | 113.40 | — |
| 1965年 | 198,745 | 48,412 | 113.40 | — |
| 1970年 | 233,632 | 61,530 | 147.39 | — |
| 1975年 | 250,241 | 70,896 | 147.39 | — |
| 1980年 | 265,169 | 80,110 | 147.39 | 311,121 |
| 1985年 | 277,319 | 86,555 | 147.39 | 325,304 |
| 1990年 | 286,261 | 94,690 | 147.35 | 335,704 |
| 1995年 | 284,788 | 100,352 | 147.34 | 338,845 |
| 2000年 | 284,155 | 106,078 | 147.34 | 341,738 |
| 2005年 | 318,584 | 120,193 | 241.22 | 340,904 |
| 2010年 | 340,291 | 133,322 | 311.64 | 340,291 |
| 2015年 | 336,154 | 136,900 | 311.59 | 336,154 |
| 2020年 | 332,149 | 141,882 | 311.59 | 332,149 |
この数字をどう読むか
ここから先は解釈である。事実は上に書いたとおりで、以下はこの数字を前橋の他のデータと重ねたときに何が言えるかという話になる。
「ピークは2010年」は半分正しい
公表値のピークが2010年であることは事実である。ただしそれは、2009年まで市域が広がり続けた結果でもある。
いまの前橋に住む人の数として比べるなら、ピークは2000年になる。数字を比べるときは、市域をそろえる必要がある。
合併前の前橋はもっと早く減っていた
合併前の市域では、1990年を境に減っている。一方、人口の記事では、2025年の前橋は市全体で96人の転入超過で、年代別に減っているのは20代だけだった。いまの人口の減少は、転出が多いからではない。
中心部の人口の減り方は、市全体の数字より早かった可能性がある。ただし地区別の長期の推移はこの統計では追えない。
このデータの限界
- 倍率、増減、割合、人口密度、いまの市域の人口は当サイトが算出した。公表値ではない。
- いまの市域の人口は、当時の前橋市に大胡町・粕川村・宮城村・富士見村を足して組み立てた。平成5年の伊勢崎市との境界変更など、人口の分からない小さな変更は反映していない。
- いまの市域の人口が組み立てられるのは1980年以降だけである。それより前は、合併した町村の人口が公表値として取れていない。
- 1947年は臨時国勢調査で、ほかの年と調査の間隔が違う。
- 市域が広がった期間の増加175,566人には、元の市域で増えた分も含まれる。合併による増加だけを取り出すことはできない。
- 面積は統計書の値で、測り方の見直しにより年によってわずかに変わる(例:2010年311.64km²、2015年311.59km²)。
- 地区別の長期の人口推移はこの統計では追えない。
よくある誤解
「前橋の人口は2010年まで増えていた」
公表値ではそう見えますが、2005年と2010年の増加は町村との合併によるものです。いまの市域で数え直すと、2000年がピークで、その後は減っています。
「前橋の人口は100年で5倍に増えた」
当時の市域の人口は5.33倍になりましたが、同じ期間に面積は26.23倍になっています。増加の65.1%は市域が広がった期間に起きています。
「合併すると人口が増える」
市の人口は増えますが、合併した地域に住む人の数が増えるわけではありません。比べるときは市域をそろえる必要があります。
Q&A
明治のころの人口は分かりますか
明治25年(1892年)の市制施行時は31,967人とされています(前橋市「前橋市の概況」)。国勢調査は1920年から始まったので、それより前の統計表の値は載せていません。
合併の年と相手はどこで確認できますか
前橋市の公式サイトの「合併の記録」と、前橋市統計書の「市域の変遷」に載っています。
次の更新はいつですか
国勢調査は5年ごとです。2025年調査の結果が公表されたら更新します。
出典
- 総務省「国勢調査」(1920〜2020年、1947年は臨時国勢調査)/e-Stat
- 前橋市「前橋市統計書」(令和6年度作成版)表1・表6、「市域の変遷」
- 前橋市「前橋市の概況」(明治25年の人口)
データダウンロード
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| No | データ名 | 出典 | ダウンロード |
|---|---|---|---|
| 88 | 前橋市の人口・世帯・面積(当時の市域)といまの市域の人口 1920〜2020年 | 総務省「国勢調査」、前橋市「前橋市統計書」 | CSVを保存 |
更新履歴
- 2026年9月22日 公開
